地震発生から、1週間を過ぎました。
2011年3月11日14時46分ごろ、三陸沖を震源に国内観測史上最大のM9.0の地震が発生。津波や火災で多数の死傷者。
地震があった当時、関西地方に住む私オメガは、友人とスカイプチャットをしていました。
テレビから流れてきた速報に「大きめの地震があったみたいだよ」なんて言っていましたが、
すぐにその地震の規模の大きさに気づく事になります。
東北地方太平洋沖の地震なのにも関わらず、関西地方も大きく揺れました。
ストロークの長い横揺れで、船に揺られているような感覚に地震酔いを起こしました。
「揺れてる!凄い横揺れ!」
そんな事をスカイプ越しに友人に叫んでいました。
友人は中国地方在住で、地震の揺れはさすがに及ばなかったようですが、
地方によっては、広島でも揺れたなんて言う情報もあり、その規模の大きさが伺えます。
そして、地震から一夜明けてからその惨状が次々と明らかになっていきました。
太平洋沿岸の町々が、もう見る影もない程に津波に飲み込まれ、破壊され、火災も発生していました。
この光景は、1995年に一度見たことのある惨状でした。
阪神淡路大震災、オメガは当時10代でこの地震に遭遇しました。
早朝の6時前の5時46分ごろ、突き上げるような縦揺れから、
激しい横揺れが襲ってくる中、母や妹の叫び声から目を覚ましたのを覚えています。
しかし、今回の地震の規模は、専門家曰く阪神淡路大震災時の1000倍のエネルギーで発生したとの事。
また太平洋沖であった為、10メートルは優に超える津波が次々と沿岸部の市町村を飲み込み、
気付けば太平洋沿岸部は、えぐり取られたように地形が変わってしまっていました。
そして、東京電力福島第一原発の1号機の爆発、崩壊。
規模にして、チェルノブイリに次ぐ大事故と予想される規模での放射能汚染が確認されました。
今もまだ原発現場では、最悪の事態を迎えようとしている原子炉を食い止めようと
東京電力の職員、ならびに自衛隊や消防隊、各国の支援部隊が頑張ってくれています。
一時、放射性物質が飛散し、日本が終わってしまうのではないか、そんな恐怖に怯えていましたが
なんとか悪化する事態は拡大する事なく、現状維持を保っている状況ではあります。
ただし、まだまだ予断の許さない状況のようなので、これからも見守る日々が続くでしょう。
ここで一つ、阪神淡路大震災を体験したオメガよりエールのコメントで〆させて頂きます。
『人間は強い、何年掛かったとしても必ず復興出来る!あきらめるな!』
この災害で亡くなられた方々に哀悼の意を込めて、応援の言葉とさせて頂きます。
こんにちわ、こんばんわ、おはようございます、おやすみなさい。
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